「嫌われる勇気 アドラーの教え」 学びが多いけど、癖のある本

Amazonでもベストセラーになり、売れ続けている「嫌われる勇気」を読みました。

アドラーはフロイトやユングと並ぶ心理学の三大巨頭の一人として世界では有名な人物だそうですが、私はこの「嫌われる勇気」を読むまでは、アドラーの考え方どころか名前も知りませんでした。

心理学を学ぶことは、人間関係を良いものにするためにも、セールスのためにも重要だなと気づいているものの、なかなか本格的に学ぶ機会を作ることができずにいたのですが、この「嫌われる勇気」を読んで、アドラー心理学も学んでみたいと思いました。そしてフロイトやユングも同時に学ぶことによって、考え方の違いなども学んでみると面白そうだなと思います。

とはいえ、実はこの「嫌われる勇気」は私にとっては非常に癖のある本で、始めの50ページほどを読んだところで、読むのをやめようと思ったのです。

この本は、アドラー心理学をマスターしている「哲人」という人物と、その方に教えを請う「青年」という二人の人物の対話形式で話が進んでいきます。

この「青年」という人物が癖のある性格をしているのです。本人も強い劣等感を持っていると言っている通り、「哲人」に対して初めから否定的で、大人げない発言を繰り返すのです。その「青年」の性格と「哲人」への配慮のなさに、正直うんざりして、「この本読むのもうやめようかな、なんとなく不愉快になるなぁ」と感じていました。

とはいえ、Amazonのレビューも高いし、アドラー心理学の考え方自体にはすごく興味が湧いたので、苦痛を我慢しながら最後まで読むことにしました。

嫌われる勇気」のレビューと感想、ポイントなどをまとめたいと思います。

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アドラー心理学のポイント

私が感じたアドラー心理学のポイントをいくつかまとめたいと思います。

アドラー心理学のポイントは、私たちが今まで当たり前として受け入れてきた考え方と180度異なる考え方も多く、目からウロコの考え方ばかりなのです。

原因論ではなく目的論で考える

私たちは、何か過去に嫌なことがあると、そのせいで今の自分がうまくいかないと考えがちです。

例えば小学校の頃に学校でいじめを受けたから、引きこもりになった、などがそれです。

アドラーの考え方では、「原因」があって「結果」があるという考え方を否定しています。上のいじめの場合は、「引きこもりたい」という目的があるから「小学校の頃にいじめにあっていた」という過去の経験を持ち出している、と考えるのです。

小学校でいじめにあった子供は必ず引きこもりになるわけではないからです。

例えば「怒りでカッとなって怒鳴ってしまった」場合も、アドラーの考え方では、「怒鳴りたい」という目的があったから「怒りという感情を作り出した」と考えるのです。

つまりアドラー心理学ではトラウマを完全に否定しているのです。

「私たちは自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定する」という考え方だからです。

アドラーが掲げる「人生のタスク」

アドラー心理学が目指すもの、アドラーが掲げる「人生のタスク」は明確です。

①人間の行動面

・自立すること

・社会と調和して暮らせること

②心理面

・わたしには能力がある、という意識

・人々はわたしの仲間である、という意識

この4つが「人生のタスク」になるのです。

そしてアドラー心理学で間違ってはいけないのは、アドラー心理学は「他者を変えるためのもの」ではなく「自分が変わるためのもの」であること。

そして基本的な考え方として、「所有の心理学」ではなく「使用の心理学」であることです。これはつまり、「何が与えられているか」ではなく、「与えられたものをどう使うか」にフォーカスするということなのです。

全ての悩みは対人関係

アドラーは「全ての悩みは対人関係である」と言っています。

対人関係においての大事なポイントが、「課題の分離」です。「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題を分離することが大事です。そして他者の課題には踏み込まないことが大事なのです。

対人関係の問題は、「他者の課題に踏み込むこと」によって起こります。

誰の課題になるかという分離は、「最終的にその責任を負うのが誰なのか」という視点で判断をします。

例えば、勉強をしない子供がいたとします。

勉強をしないことによって起こる未来の結果を背負うのは、子供です。だから子供が勉強するかどうかは子供の課題になるのです。

では親は「他者の課題」だから子供が勉強するかどうか放置すれば良いのか、というと、放置とは違います。

子供の課題に踏み込まず(勉強をしなさい、などと叱らない)、見守るのです。子供が必要な時に助けてあげられるように見守るということなのです。

同時にアドラーは「ほめること」も「叱ること」と同じくらい良くないことだと言っています。

実は「他者を評価しない」ということは人間関係において大事なことなのです。「ほめる」という行為は一見良い行為のように思われますが、「ほめる」という行為は相手を下に見ることであり、ほめられた人は「自分には能力がない」という信念を形成してしまうのです。

人間関係は親子であろうとも、社会的身分が違おうとも、全ての人間と対等の関係であり、横の関係と捉えるのです。

人に何かやってもらった時「偉いね」とほめるのは縦の関係です。自分と対等な友人であればそこで「ありがとう」という感謝の言葉になると思います。自分と完全に対等な人物と接するように子供であれ、大人であれ、社会的身分の高い人であれ、接することが大事なのです。

最終ゴールは共同体感覚

アドラー心理学において、対人関係の最終ゴールは共同体感覚を持つことだとされています。

共同体感覚に必要なのは

・自己受容

・他者信頼

・他者貢献です。

特に2番目の「信頼」という言葉だ大事で、「信用」ではありません。何かを担保にしたり、見返りを求めて他者を信頼するのではないのです。

またアドラーは人間の幸福感は共同体や他者への「貢献感」によって決まると言っています。

「嫌われる勇気」を読み終わって

嫌われる勇気」を読み終わった時の感想は、もう少しきちんと「アドラー心理学」が知りたいなということです。

特に最後の共同体感覚は私にとっては難しく理解することができませんでした。

またアドラー心理学は理解して完全に生活に実践するまで、今まで生きてきた時間の半分の時間がかかるそうです。

そのくらい自分の考えを新しいものに変え、さらに行動まで変えることは時間がかかることです。

しかし同時に自分はいつでも変われるということでもあると考えると、すごくワクワクします。

また「アドラー心理学」の別の本を学んだらこのブログでもシェアしようと思います。新しいことを学ぶことはすごく楽しいです。

最後に、この「嫌われる勇気」を読んですぐに登場人物である「青年」に嫌気がさしたという話を紹介しましたが、本を読み進めていくと最後のP.212で「青年」が「ええい、偽善だ偽善」という言葉を言います。ここでプッと吹きだしてしまいました。こんな発言を現実にする人と会ったことがないです。ここでこの青年はこの「嫌われる勇気」を学ぶために個性の強いキャラクターとして登場させた人物なんだなと納得して、嫌な気持ちがなくなりました。

この「嫌われる勇気」は今まで信じてきた心理学とは全く違う「アドラー心理学」の入門書としてすごく面白く読むことができました。対話形式なのも、普段あまり本を読まない人にも読み易いのだと思います。

次はもう少し学術的な本を読んで「アドラー心理学」について学んでみたいと思いました。

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